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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1783号 判決

原告 石田幸枝 外一名

被告 国

訴訟代理人 川本権祐 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

別紙のとおり。

理由

昭和二一年一月頃、東京湾内の東京都中央区越中島旧日本陸軍糧抹本廠裏に接続する海底に銀塊二九トンの存在していたことは当事者間に争いがない。

そこで右銀塊が埋蔵物であつたか否かについて判断する。

証人三好采女、鈴木猛男、二味久、大谷泰造の各証言を綜合するとつぎのような事実が認められる。

本件銀塊は旧日本陸軍が海水脱塩剤の原料として保有し、東京都中央区越中島の陸軍糧抹本廠整備部が同所所在の倉庫中に保管していた。昭和二〇年三月の空襲以後本廠が浦和に移転し、越中島には越中島常置委員として鈴木義男ほか五〇名位が残つたが、右銀塊はそのまま前記倉庫内に保管されていた。かくして同年八月一五日終戦を迎えたが、その直後右本廠内において、銀塊を現状のまま保管することは盗難或いは進駐軍に接収される虞があるので越中島旧本廠構内のドックの中に格納しようという話が持ち上り、保管責任者である整備部長二味久は部下である大谷泰造にその旨命令した。そこで同人は同月二五、六日頃、越中島に赴き、前記鈴木猛男に対し、右銀塊につき安全な保管方法を構ずる様伝達し、同人はこれに従つて右ドックの水中に右銀塊を沈め、その結果を本廠に報告した。以上の認定に反する証拠はない。

ところで埋蔵物とは動産が所有者の占有を離れ、土地その他の包蔵物の中に埋蔵され、その所有権が何人に属するかを容易に識別し得ないものと解すべきところ、本件銀塊は、叙上認定のとおり、所有者たる国がその盗難その他第三者により持ち去られることを予防するための保管方法として、前記ドックの水中に沈めておいたものであつて、所有者の占有を離れたものと見ることができないのみならず、右銀塊が二九トンの多量に上り、かつ、その存在した場所が旧陸軍糧抹本廠構内のドックの中であること、更に原告等先代石田恒治がこれを発見した日時であると原告が主張する昭和二一年一月頃は終戦後五箇月程にすぎないことを考え合わせると、当時右銀塊の所有者が国であることは容易に識別し得たものと考えられる。そうだとすれば本件銀塊は埋蔵物とは認め難く、これが埋蔵物であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二 石井敬二郎 和田啓一)

〔別紙〕

(当事者双方の主張)

〔原告〕(請求の趣旨)

被告は原告石田幸枝に対し金一五、二九二、九〇〇円、同石田博次に対し金三〇、五八五、八〇〇円、及び右各金員に対する昭和二十六年四月二十五日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

一、原告等先代石田恒太郎こと石田恒次(以下原告等先代と云う)は、昭和二一年一月頃、東京湾内の中央区越中島旧日本陸軍糧抹本庁裏に接続する海底に、貴金属(本件銀塊二九トンの外白金塊及び金塊)が埋蔵せられていることを知り、調査した結果右事実が真実であることを確認した。

二、当時右海域は連合軍第四八一警備地域に属し、米軍第一騎兵師団第七騎兵連隊司令官が右海域に対する警察権を有していて日本の警察の権限は右海域に及ばない処であつたので、原告等先代は、同年四月六日、右司令官の部下である法律並びに公安課長アルフレッド・ダブリユーブルツク大尉及び同部隊所属イー・ヴイ・ニイルゼン中尉に対し、右海域に本件銀塊二九トンを含む貴金属が埋蔵せられているのを発見した旨届出を為し、右両名は右届出を前記司令官に報告した。

よつて原告等先代の本件銀塊の存在の確認及びその届出によつて埋蔵物の発見は完成されたのである。

三、そこで米軍当局では右届出に基く埋蔵物の存否に関する捜査は米軍、CIDが、右埋蔵物を保全取得し、これを日本銀行の金庫に送付する責任は米軍第二騎兵旅団が夫々担当することに決めると共に、同年四月十日を以て原告先代に対し右埋蔵物の引揚げを許可し、同月十一日原告先代は自己の雇入れたる潜水夫を使つて前記海底より銀塊一箇を引揚げ、これを米軍に引渡したが、残余の銀塊の引揚については米軍の潜水夫が同日以降約十日間に亘り原告等先代に代つてその引揚作業を継続し、原告等先代の発見届出にかかる合計二九トンの本件銀塊の引揚に成功した。

四、右銀塊は大阪造幣局が保有していた純度九四パーセント以上の国産品で、軍需品として陸軍がその引渡をうけ、前記糧抹廠に保管していたものであるが、終戦となるやその保管に当つたものが右銀塊が進駐軍の手に渡ることをおそれ、これを前記海底に埋没したものであつて、発見当時その所有者が何人であるかを容易に知ることが出来なかつたが、調査の結果右の様な事情が判明したので、同年四月中米軍は右銀塊をその所有者である国に引渡し、右銀塊は日本銀行の保管に移された。

五、よつて原告等先代は埋蔵物である本件銀塊の発見とその所有者である国への引渡により被告より本件銀塊の価格の百分の二十の報労金の支払をうくべき権利を有する処、原告先代は昭和二十八年三月四日死亡したので、原告幸枝はその配偶者として三分の一、原告博次はその直系卑属として三分の二の各割合で原告等先代の権利義務の一切を承継した。

六、本件銀塊引揚当時、貴金属は連合国最高司令官の命令によりその売買が禁止されていた為実際の取引は全て闇値でなされ一定の相場がなく、或は一匁五二円乃至五三円で取引されたと云われるが必ずしもその値段は安定していなかつた。

そして昭和二五年五、六月頃に至り貴金属の相場も安定し昭和二五年五月頃には銀一匁の公定価格は金二九円六七銭と定められた。

従つて右公定価格によれば本件銀塊二九トンの価格の二割は金四五、八七八、七〇〇円であるから、被告に対し原告幸枝はその三分の一の金一五、二九二、九〇〇円、原告博次はその三分の二の金三〇、五八五、八〇〇円及び以上の各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和二六年四月二五日以降右完済に至る迄、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴に及んだ。

〔被告〕

(請求の趣旨に対する答弁)

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

(請求の原因に対する答弁)

一、第一項中原告等主張の日時頃、原告等主張の海底に銀塊二九トンがあつたことは認めるが、その余の主張は不知。

二、第二項中原告等主張の海域に対し米軍第一騎兵師団第七騎兵連隊司令官が遺失物法にいわゆる警察署長の権限を有していたとの主張は否認し、その余の主張は不知。

三、第三項中原告先代が本件銀塊を引揚げたとの主張は否認しその余は不知。

四、第四項中本件銀塊が日本銀行の保管に移されたことは認めるがその余の主張は否認する。

五、第五項中相続に関する主張は不知その余の主張は否認する。

六、第六項は争う。

(被告の主張)

一、本件銀塊は終戦時旧陸軍糧抹本廠に於て、盗難をおそれ、同廠越中島分廠構内ドック内に沈積保管していたものであつて被告国は依然その占有を継続して来たものであり、埋蔵物ではない。

二、仮に然らずとするも本件銀塊は遣失物であつて埋蔵物ではない。

民法が所有者の占有を離れた物について遺失物とは別個に埋蔵物の制度を設けた趣旨からいえば、埋蔵物とは土地その他の物の中に埋蔵されている物で抽象的、一般的に、その所有権の帰属主体の探究が困難であるといわれる性質、状態のものであつて、抽象的、一般的にはその物が特定の何人かに帰属すると認められるが、ただ具体的に何人がその所有者であるかを知り得ないに過ぎないものは遣失物であつて埋蔵物ではない。然るに

(一) 本件銀塊は銀貨の鋳潰塊であつてその数量も二九トンの多量に上り、その価額は数億の巨額に達する。

(二) 本件銀塊は終戦時旧陸軍糧抹本廠において同廠越中島分廠構内ドック内に盗難を避ける為沈積したものであつて、その後被告国の占有から離れていたとしても右銀塊が引揚げられる迄の期間はわづかに七ケ月余に過ぎない。

(三) 然かも原告自身も「本件銀塊が日本国の所有であることは明白である。」(訴状第一項(三))といわれる如く、本件銀塊の所有権の帰属はいともたやすく判明している。

従つて本件銀塊が仮令被告国の占有を離れていたにしてもその所有者が特定の何人かに帰属することは明かでただその具体的の所有者が何人であるかが知り得なかつたに過ぎないものであるから、遺失物であつても埋蔵物ではない。

三、しかも埋蔵物の発見は原告の主張する様に本件銀塊が本件海域に埋蔵されていることを確認し、これを米軍司令官に届出たことによつて完成されるものではなく、又本件銀塊を引揚げ、これを日本銀行に保管した上処分したのは米軍であつて、被告はその引渡を受けたことはない。

四、仮りに本件銀塊が埋蔵物であつて原告先代がこれを発見したのだとしても、原告先代は遺失物法第九条所定の、その発見の日より七日内に同法第一条に定める処に従い、所有者たる国又は警察署長に通知していないから、同法第四条による報労金の支払を求める権利を有するものではない。

本件銀塊のあつた海域が米軍第一騎兵師団第七騎兵連隊に於て占有使用中であり、右海域に対しては日本の警察の権限は及ばずその警察権は右連隊司令官に属していたとしても、遺失物法第九条が埋蔵物発見の日より七日以内に同法第一条に定める処に従い所有者又は警察署長にその旨を通告することを要求しているのは、警察署長がその所有者を探索発見する為に、最も適当な権限を有している為に外ならないから、米軍司令官は如何なる意味に於ても遺失物法第九条に規定する警察署長ではなく仮にその発見を右司令官に届出たとしても、本件銀塊発見に基く報労金請求権を保全するものではない。

五、物価統制令第四条に基く物価庁告示(昭和二五年三月一日)によれば、原告主張の頃の銀地金の統制価格は一キログラム金七、八三四円である。

証拠関係〈省略〉

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